東京大学大学院工学系研究科 / 社会基盤学専攻
海岸沿岸環境研究室
Department of Civil Engineering , The University of Tokyo
Coastal Engineering Laboratory

本文へジャンプ

English

研究活動

研究の概要
研究・教育活動の変遷 最近の活動と将来構想 その他の活動
  • 研究の対象
  • 研究・教育の方針
  • 主要分野の研究成果
  • 波・流れ
  • 構造物
  • 漂砂
  • 水質・生態系
  • 社会活動
  • 受賞歴


研究・教育活動の変遷

研究の対象


海岸・沿岸環境研究室の前身である土木工学第二講座(後の水工学第二講座)は東京大学創設以来の講座であり,我が国の港湾工学を中心とする学術・技術の発展の一端を担ってきたが,発足から長らく講座研究室が設置されていなかった.本間仁教授(当時)の指示を受けた堀川清司大学院研究奨学生(当時)が海岸工学を専攻し,1954年に専任講師に任命された際に講座研究室が設置されたのが本研究室の起源であり,助教授であった1957年から1959年に客員助教授としてカリフォルニア大学バークレー校に滞在した経験も加えて,本格的な海岸工学の教育研究が行われるようになった.当時の研究環境などについては、海岸・沿岸環境研究室概史(PDF, html)を参照されたい.その後,表-1に示すような教員が研究室の教育研究活動を担ってきたが,すべての教員経験者が国内外の大学において海岸工学に関わる教育研究で活躍している.これまでに,研究室で学部の卒業論文の指導を行った学生は約200人,大学院の修士論文では約150人,博士論文では約30人である.博士論文には社会人課程博士を含み,さらに論文博士を加えて,最先端の研究を行っている.これらの卒業生は,「卒業・修了生の進路」に示すように、官民学にわたる様々な分野において活躍している.研究成果の多くは、土木学会海岸工学講演会、海洋開発シンポジウム、国際海岸工学会議(ICCE)などで発表されるとともに、Coastal Engineering Journalなどの論文誌に掲載されている。1966年には、日本で初めて国際海岸工学会議を東京で開催し、本研究室のスタッフがその運営に中心的に関わった。


第10回国際海岸工学会議(1966年、東京帝国ホテルにて)


表-1:研究教育活動の変遷(研究課題の色は,波・流れ構造物漂砂水質・生態系の各分野に対応)
年代 教員   社会環境 研究環境 研究課題
1950   1950 第1回海岸工学国際会議 浮遊砂捕砂器  
  本間 仁 1953 台風13号 浮遊砂濃度計 堤防・突堤・潜堤の効果
  堀川清司 1954 第1回海岸工学講演会   底面境界層内の乱れと底質の浮遊機構
    1956 海岸法成立   湾内の長周期波
    1959 伊勢湾台風   津波防波堤の効果
1960   1960 チリ地震津波 容量式波高計 波力の発生機構
    1963 鹿島港着工 超音波式波高計 浅海域における高潮モデルの開発
    1966 離岸堤 電磁流速計 波による底質の移動限界
  西村仁嗣       海浜流の野外調査
  渡辺 晃   赤潮・青潮の多発   陸上に氾濫した津波の挙動
          海浜断面変形機構
1970 砂村継夫 1970 台風10号高知上陸 不規則波造波水槽 崖侵食調査
  水口 優     大型計算機のバッチ処理 海浜流・長周期波の発達機構
          係留浮体の運動モデル
  磯部雅彦       保存波の理論展開
  三村信男       波・流れ海浜過程の現地観測
    1979 台風20号高知、静岡上陸 振動流装置 温排水の拡散機構
1980 柴山知也 1983 日本海中部地震津波 大型計算機のTSS利用 三次元海浜変形モデルの開発
  佐藤愼司 1985 人工リーフ、ヘッドランド 反射波吸収式造波装置 非線形波動下での砂移動
  泉宮尊司   赤潮・青潮・水質問題 レーザドップラ流速計 方向スペクトルの推定法
  小林智尚     多方向波発生装置 砕波帯の乱れと戻り流れ
1990 横木裕宗 1990 台風19号 PC, Work Stationによる分散処理 底泥の運動機構
  Dibajnia Mohammad 1993 北海道南西沖地震津波 スーパーコンピュータ シートフロー漂砂
  余 錫平   環境基本法   非線形波動モデルの開発
  佐々木 淳 1995 海岸長期ビジョン 音響ドップラ式流速計 海面上昇の影響予測
    1997 ナホトカ号重油流出事故 短波レーダーによる観測 三次元海浜変形モデルの現地適用
        水質計 内湾流動モデルの開発と青潮予測
      環境影響評価法 高速ビデオカメラ 内湾水質・生態系モデルの開発
    1999 海岸法一部改正   混合粒径底質の移動
2000 鯉渕幸生 2003 十勝沖地震 C/Nコーダー 内湾水質・生態系モデルの現地適用
  本田隆英     レーザー回折式粒度測定装置 二相流底質移動モデルの開発
    2004 インド洋大津波    
  田島芳満 2005 カトリーナ高潮    
  劉 海江 2007 天竜川ダム再編事業、遠州灘プロジェクト OSL/TL測定装置 流砂系の土砂移動
  高川智博 2008 地中コア試料の分析、監視カメラによる分析 河口の水理と土砂動態
2010 2011 東日本大震災 津波被害調査 巨大水害と減災技術
2012 三保松原景観改善 海岸防護と環境との調和
下園武範 2013 Haiyan高潮災害(フィリピン) 巨大水害軽減学教育P

\includegraphics[width=.8\linewidth]{process.eps}

図−1:海岸過程の全体像


我が国において海岸線に接する市町村の総面積は32%に過ぎないが,人口では 46%,工業出荷額では47%,商業販売額では77%を占める重要な地域である. 1950年代の海岸では特に高潮災害が著しく,また希とは言い難い頻度で津波災害も被っており,さらに海岸侵食の問題が最近ますます深刻化していて,これに対する防災体制の確立が不可欠である.また,海岸が有する様々な特性・資源を,産業,エネルギー,生活,レクリエーションなどに利用することにより,社会の発展に貢献することができる.さらに海岸は,陸域と海域との遷移領域であるために,生態系,自然環境の上で代替不可能な空間であると同時に,脆弱な空間でもあるので,この領域の生態系,自然環境の維持は重要かつ困難な課題となっている.海岸・沿岸環境研究室では,このような海岸の防災,利用,生態に関わる課題について研究に取り組み,その成果を社会に還元してきた.

このような海岸の諸課題の解決においてまず必要となるのは,図−1に示すように,外力としての波,流れなどの理解である.そして,その結果として引き起こされる漂砂・海浜地形変化,構造物に対する波力などが続く問題となる.さらに,内湾の水質問題や,最近では生態系の問題に対しても,波・流れ,地形・底質,および構造物が,生態系の基盤となる物理的環境を規定するという観点からのアプローチにより,水質,生態系の保全に寄与することができる.海岸・沿岸環境研究室における研究は,このような理解に立って,海岸過程の諸要素とそのシステムの解明・制御を目指している.


研究・教育の方針


海岸・沿岸環境研究室における研究対象は,沿岸域における流体運動,土砂移動,物質循環,生態系など,広い範囲に及び,これら相互が密接に関係・オている.したがって,研究を実施するためには,海岸工学・水理学に加えて,流体力学,地形・地理学,海洋学,化学,生物学などの幅広い知識と複雑な現象の本質を見抜く洞察力の修得が必要となる.各研究課題の実施に際しては,まず,自然現象を理解し,これをモデル化し,対応策を提案していくという過程が一般的である.また,問題解決の手段としては,理論解析,室内実験,現地観測,数値シミュレーションなどが組み合わせて用いられる.このようななかで, 現象の本質を科学的に見抜く目を養い,それに対する独創的かつ適切なアプローチの方法を開発し,さまざまな制約条件のもとで最適な技術的対応策を提案していく能力が求められる.これらは当研究室で研究を実施していく上で必要な能力であるのみならず,一般的な社会においても極めて重要な素養であると考えられるため,研究課題の設定や研究・教育の実施にはこの点が最も重要視される.具体的な研究・教育活動の方針は以下のように要約される.

  • 実験や現地観測を尊重する.
    波・流れ・海浜過程や水質・生態系に関する現地観測を継続的に実施.計算機によるシミュレーションを実施する場合にも,現象の理解を目的とする数値実験としての側面を重視する.
  • 構成員各自が独立した課題に取り組む.
    個人の独創性を重視する環境作り.実験や観測を共同して実施する場合にも,独立性を保てるように各構成員の課題を設定し,構成員相互の緊密な連係のもとに研究の相乗的な進展を図る.
  • 国内外の研究者・実務経験者と積極的に交流する.
    海岸工学は特に,対象が世界共通であり,自然現象の理解を基本とするため,国際的な情報発信,意見交換が重要となる.研究室への海外からの来訪者も多い.

主要分野の研究成果


波・流れ


海岸には様々な時間スケールの波が存在し,それらが海岸における主要な外力となっているが,このうち津波や高潮は長周期・フ波動現象である.チリ地震津波などによる災害を背景として,1960年代には長周期波に対する湾の応答や,浅海域における高潮モデルの開発,陸上に氾濫した津波の挙動や作用に関する研究を盛んに行った.これらは,現地における長周期波の観測や,実験水槽での模型実験,理論の構築,そして数値モデルの開発を含む実証的な研究であり,研究方法の枠組みがここで確立されたとみなすことができる.続いて,砂礫海岸を主な対象として,海浜流や長周期波の現地観測を行い,気球を用いた海浜流観測の手法を開発するとともに,定量的なデータを得るための現地観測の端緒を開いた.1970年代末からは保存波に関する厳密な理論展開が行われた.この頃普及したコンピュータを用いて,厳密な解を求めると同時に,諸理論をとりまとめて整理することによって,それぞれの位置づけや実務での適用範囲を明確にした.これにより,実用的な意味での保存波の問題をほぼ解決した.

1976年から1982年にかけて大学や研究機関が合同で現地観測を行ったが,堀川清司教授がその代表者として主導的な役割を果たした.この研究では,海浜変形の数値シミュレーションモデルを開発することを最終目標に掲げ,そのために必要となる現地データを取得するための観測を毎年行った(図− 2).波・流れの関係では,屈折・回折・砕波変形を含む波浪変形シミュレーションモデルが開発され,線形理論に基づくものながら,砕波帯付近の規則波の変形が予測できるようになった.やがて,波の不規則性を取り入れたモデルも開発した.現地観測からは,砕波帯付近の波動場の特性について多くの新たな知見を得ることとなるとともに,ここで開発された現地観測手法を始めとして,後の観測に様々な知見を提供した.方向スペクトルの推定理論に関する研究における現地観測もその一つであり,開発された推定理論は実務でも頻繁に用いられるものとなった.1990年代に入ると,弱い非線形・分散性の波に対して既に開発されていたブシネスク方程式に加え,強い非線形・分散性の波にも適用可能な非線形緩勾配方程式を導き,それらに基づく数値モデルの開発を行った.これにより,強い非線形性を呈する波形でも予測可能となり,非線形性が本質的な要素である漂砂や波力問題への応用への道を開いた.

\includegraphics[width=.8\linewidth]{process.eps}

図−2:総合現地観測の模式図


構造物


海岸や港湾の構造物は,高波浪や津波の来襲時に巨大な外力が作用するため,これらの異常時における耐波安定性の確保が必要となる.1950年代から60年代にかけては,基本的な構造物である堤防,護岸,突堤,潜堤について,その耐波安定性と波浪制御効果について実験的な検討が行われた.構造物に作用する波力は,波の状況や対象構造物の形状によって大きく変化するため,砕波を含む広い条件に対して,壁面に作用する波圧や円柱状部材に働く波力を計測する実験が実施された.実験結果をもとに,波力を流体力学的に評価する手法が提案され,各地の海岸における海岸保全施設の設計に活用されている.初期の海岸施設の建設は,災害復旧としての対症的な対応が中心であったが,これらの研究により,合理的な設計法が体系化されることになった.

その後,人間活動が沿岸域で活発化するにつれて多様な構造物が建設されるようになった.浮防波堤や海洋構造物などの係留浮体の動揺については,計算機能力の向上や不規則波・多方向波発生装置の開発とともに,波と構造物の相互干渉を考慮した解析モデルが開発され,実験によりその妥当性が確認されている.また,海岸保全施設の形式も,海岸域の陸側境界線で防護する初期の形式から,沖合いに離岸堤などの消波施設を建設し,これと緩傾斜護岸などを組み合わせることにより,複合施設で海岸を防護する形式へと遷移してきた.これとともに,人工リーフやヘッドランドなどの新しい構造物が研究対象に加えられた.1980年代には,これらの研究成果を参考にしてさまざまな海岸保全施設や港湾施設の建設が進められ,海岸の利便性,治水安全性は飛躍的に向上した.一方,沿岸域での人間活動の展開と技術の進歩により沿岸構造物は徐々に巨大化する傾向にあり,構造物の建設が周辺海岸の地形変化や水質変化へ与える影響が大きくなってきた.そのため近年では,構造物自体の安定性や機能の検討に加えて,周辺海岸への影響を検討する手法を開発することがますます重要になっている.本研究室における構造物分野の研究課題についても,構造物の設置が周辺の海岸環境へ及ぼす影響に関するものが増えてきている.


漂砂


波・流れと漂砂・地形変化は,上の模式図に示すように相互に密接な関係にあるため,漂砂分野の研究は,波・流れの研究の進展と影響し合いながら進められてきた.1950年代から60年代にかけては,主として砕波帯外の沖浜領域における底質の挙動が検討され,底質の移動限界について,境界層の特性に基づく統一的な理論が提案された.また,波動境界層の乱れや浮遊砂について,実験を中心とした研究により,流速場や浮遊砂輸送モデルが提案された.これらの研究はその後の局所漂砂量モデルの提案の基礎となっている.その後,海岸の地形形成過程や断面変形機構について継続的な実験や現地観測が実施され,海浜過程を支配する指標が提案されている.さらに,1970年代後半から数年間,茨城県大洗海岸を中心にして総合的な現地観測が実施され,海岸過程の理論展開と観測・予測手法に関して画期的な進展がみられた.これらの研究成果をもとに,汀線変化モデルの実務への適用性が確認されるとともに,局所漂砂量モデルに基づく三次元海浜変形モデルが提案されるに至った.

その後,実験施設の開発などにより,対象とする波浪条件が,規則波から不規則波,多方向波,非線形波へと拡張されるのに合わせて,これらのより現実的な条件における漂砂モデルの開発が進められている.また,流速条件についても,より現地条件に近い高流速条件下での実験が可能となってきており,低流速条件での移動限界や浮遊などの検討から,高流速条件下で出現するシートフロー条件における漂砂モデルの開発へと研究が進展している.海岸を構成する底質材料についても,均一粒径砂から,底泥や混合粒径底質へとより広い条件に展開が図られてきた.

image005.jpg

図-3:海浜過程の相互関係


水質・生態系


水質・生態系に目を向けはじめたのは比較的最近のことである.1970年代には原子力発電所の沿岸立地にともなって生じた温排水の拡散に関する研究が進められたが,その後は海浜地形変化予測をはじめとする海岸過程に関する研究が勢力的に進めらたこともあって,水質・E生態系に関する研究に着手したのは1990年代に入ってからであった.この間,閉鎖性の強い内湾,内海では恒常的に赤潮や貧酸素水塊が見られるようになり,東京湾では青潮による漁業被害が頻発するなど,富栄養化問題は深刻なものとなっていた.

これらの問題に対し,海洋学や水産学の立場から現象解明に向けた研究が進められていたが,問題解決に結びつけていくためには,様々な方策の影響・効果を事前に予測することが必要となってくる.このような社会的要請と近年のコンピュータの急速な発達を背景として,数値モデルによる水質予測手法の開発に着手することとなった.まず,最も基本的な部分である水温・塩分場を含む流れ場の予測手法を開発した.その際には風や密度差に起因する微細な時空間変動を考慮した上で,年オーダの長期にわたる時々刻々の現象を忠実に再現することを基本方針とし,このような長期大規模計算に耐えうるよう,精度と効率のバランスを重視したモデルを開発した(図−4).次いで本モデルを東京湾における青潮問題に適用し,現地観測と併せて青潮の発生機構と予測に関する研究を進めてきた.これに溶存酸素濃度や植物プランクトンといった水質・生物項目を取り入れることで,内湾水質・生態系予測モデルの基本的な部分を構築した.

さらに最近では,生物の多様性そのものに価値を置き,生態系を保全,再生していくことが要請されるようになってきた.特に干潟や浅瀬は多様な生物の宝庫であり,その高い水質浄化機能とあわせて脚光を浴び,人工干潟の造成等もはじまっている.干潟や浅瀬における生態系は底質粒径や流速といった物理環境に大きく規定されていることを念頭に置き,力学過程と生物・化学過程を融合した,水質・生態系予測手法の開発に着手した.

\includegraphics[width=.8\linewidth]{process.eps}

図−4:東京湾湾奥における水温の長期再現計算(上:観測値,下:計算値)